こんにちは、増田です。
毎年、6月になると思い出す、暗い過去があります。。。来月のメニューに繋がるエピソードなので、少しお付き合いください。
もう15年以上前の話ですが、私は、料理人を辞めたいと真剣に思ったことがあります。思い悩んでいました。精神的にドン底の状態でした。大学を卒業してから料理の世界に入った私は、当然なんにも出来ませんでした。現場で飛び交う専門用語もちんぷんかんぷんで、言っていることさえ理解出来ない状態でした。それまで無駄な時間を過ごしたような気がして、大学に行ったことを後悔していました。こんな事なら早く料理の世界に入っていればよかった。。。そんな思いでした。毎日、シェフや先輩から罵声や暴力の嵐…身も心もボロボロの状態でした…「もう辞めたい…」「とにかくここから逃げたい…」心底そう思っていました。まかないも喉を通らず、夜も寝れない…もう朝なんか来るな、と思っても当たり前ですが、必ず朝になり、仕事が始まる。そして、また罵声、罵声…全く楽しくありませんでした。
ある日、意を決してシェフに「もう辞めたいです」と言いに行きました。シェフは黙って話を聞いてくださり、「明日、お前の誕生日だろ、お祝いの料理を用意してある、辞めるなら、その料理を食べてから辞めろ」…そう言われました。私は、あまりにも精神的に追い詰められていたため、自分の誕生日のことすら忘れていました。次の日に、シェフが誕生日のお祝いに作ってくれた料理が『ホロホロ鳥のコンフィ』でした。「これを食べたら辞められる」…そんな状態でした。「一時も早く、この場から去りたい」…そう思っていました。しかし、一口食べてその浅はかな思いがすっ飛びました。そのホロホロ鳥のコンフィがあまりにも美味しくて…美味しくて…無我夢中で食べました!気がつくと、骨までしゃぶっていました。
「この料理、どうやって作るんですか?」──我を忘れて、シェフにそう質問していました。「お前、辞めるんじゃなかったのか?」「え、あ、はい、えっと…」──完全に動揺する私に、「俺もお前と全く同じ道を歩んできた、お前の気持ちは痛いほど分かる、大丈夫だ、お前なら出来る、大丈夫だ」と、私の手を握ってくれました。私は涙が止まりませんでした。あの手の温もりと、あの手の大きさは、今でもはっきり覚えています。そして、シェフから、“プロとは、自ら続けられるスタンスを構築出来る人間を指す”と言われました。その時に、絶対にこの世界で生きていく、絶対に逃げ出さない、と心に深く深く刻みました。
毎年、自分の誕生日が近づくと思い出す、ほろ苦い思い出です。あの時、ホロホロ鳥を食べなかったら、料理人を辞めていたと思います。シェフは僕の何もかもを、お見通しだったのです。15年以上前の話ですが、今では人生の大切な宝物です。どんな時代でも、人と人との繋がりは尊いもので、指導や教育は、心と心が触れ合うことから成し得る、と今は思えるようになりました。今月、私の誕生日月は、このホロホロ鳥のコンフィを、ボンマスダで出そうと思いました。
しかし、ヨーロッパの鳥インフルエンザの影響で、ホロホロ鳥が入らないので、国産の骨つき鳥もも肉で代用します。マリネの方法や調理の方法は、全て一緒なので、かなり近い味が表現出来ます。国産の鳥の方が、日本人には合っていると思います。今度は私が作る番です。私の人生を変えた一皿を、是非ご賞味ください。
以上が毎年思い出す暗い過去です(^^;;
あの頃は若かった。。。って思える歳になりました。少し長くなってしまったので、コースの詳細は、次回のお知らせで。